会社から「労災にしないでほしい」と言われても、応じる義務はありません。労災保険の請求は、被災した労働者本人やご遺族が行うもので、会社の同意は必要ないためです。むしろ、労働災害を労働基準監督署に報告しないことは、会社側の義務違反となり得ます。まずは、いつ・誰に・何を言われたのかを日付とともに記録し、労災として受診してください。すでに健康保険を使ってしまった場合も、後から切り替えられることがあります。
この記事で分かること
- 労災隠しとは何か、なぜ違法とされるのか
- よくある言われ方と、その場での対応
- 残しておきたい記録
- 健康保険で受診してしまった場合の対応と、相談先
労災隠しとは
労災隠しとは、労働災害が起きたのに、会社が労働基準監督署へ「労働者死傷病報告」を提出しない、または虚偽の内容で報告することをいいます。
労働者が労働災害などにより死亡または休業した場合、事業者は労働基準監督署長へ労働者死傷病報告を提出しなければなりません(労働安全衛生法100条1項、労働安全衛生規則97条)。報告をせず、または虚偽の報告をした場合、50万円以下の罰金に処せられることがあります(労働安全衛生法120条5号)。
この報告義務は、労災保険を使うかどうかとは関係なく発生します。「労災保険を使わなければ報告しなくてよい」というものではありません。
労災隠しは、被災した方が本来受けられる補償を受けられなくなるだけでなく、事故の原因が検証されず、同じ災害が繰り返される原因にもなります。
よくある言われ方と対応
| 言われること | 確認したいこと |
|---|---|
| 健康保険を使ってほしい | 仕事や通勤が原因のけが・病気に健康保険は使えません |
| 治療費は会社が払うから労災にしないで | 治療費だけでなく、休業補償や後遺障害の補償が受けられなくなるおそれがあります |
| 労災を使うと会社が営業できなくなる | 労災の申請が直ちに営業停止につながるものではありません |
| 自分の不注意だから労災にならない | 労災保険は、本人に不注意があっても給付を受けられる制度です |
| 通勤中ということにしよう | 業務災害と通勤災害では、待期期間中の会社の補償義務などに違いがあります |
その場で言い返す必要はありません。療養が最優先です。「持ち帰って考えます」と伝えて構いません。大切なのは、やり取りの内容を記録に残すことです。
受診のときに確認すること
- 医師に「仕事中のけが」と伝える…いつ、どこで、どのような作業中に起きたかを具体的に説明します。診療録に記録されることが、後の判断材料になります。
- 労災である旨を受付でも伝える…労災指定医療機関であれば、療養(補償)等給付の請求書を医療機関経由で提出できます。
- 領収書と診断書を保管する…立て替えた費用は、後から請求できる場合があります。
受診の時点で会社が請求書を用意してくれない場合でも、いったん自費で支払い、後から療養費用として請求する方法があります。
残しておきたい記録
会社が事故を認めない場合、ご自身の手元にある記録が重要になります。
- 会社とのやり取り…いつ、誰から、どのように言われたかを、日付とともにメモに残します。メールやチャットが残っていれば保存します。
- 事故そのものを示すもの…現場や機械、けがの写真。事故直後に家族や同僚へ送ったメッセージ。
- 当日の勤務状況…シフト表、タイムカードの写し、勤怠アプリの画面、入退館記録。
- 受診の記録…診断書、領収書、お薬手帳。
- 同僚の見聞き…目撃していた人がいれば、名前と、その人が何を見たかを控えておきます。
すべてがそろわなくても、請求はできます。資料が足りないことを理由に、あきらめる必要はありません。労働基準監督署の調査で明らかになることもあります。療養中の方は、ご家族に整理を手伝ってもらう方法もあります。
なお、会社のシステムへ無断でアクセスしたり、業務に関係のない機密情報を持ち出したりすることは避けてください。かえって不利になることがあります。
健康保険を使ってしまった場合
切り替えられる場合があります。仕事や通勤が原因のけが・病気は健康保険の給付対象外のため、いったん健康保険で支払われた分を精算したうえで、労災保険に請求し直す手続になります。
- 加入している健康保険(協会けんぽ、健康保険組合、国民健康保険など)に、労災であったことを連絡します。
- 健康保険が負担した医療費の返還について案内を受けます。
- 労働基準監督署へ、労災保険の請求書を提出します。
手続の順序や必要書類は、加入している保険によって異なります。金額が大きくなることもあるため、先に労働基準監督署と健康保険の窓口の両方に相談してください。
相談先
- 労働基準監督署…労災保険の請求、事故の申告、会社が協力しない場合の相談。
- 都道府県労働局の総合労働相談コーナー…解雇や嫌がらせなど、労災以外の労働問題も含めた相談。
- 労災保険相談ダイヤル(厚生労働省委託)…労災保険の一般的な質問。
- 加入している労働組合…社内に組合がない場合、個人で加入できる組合もあります。
労働基準監督署へ申告したことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いは禁止されています(労働基準法104条2項)。また、業務上のけが・病気で療養のため休業する期間とその後30日間は、原則として解雇が制限されます(労働基準法19条1項)。ただし、通勤災害にはこの解雇制限の規定は適用されません。
よくある質問
Q. 労災を申請すると、会社は罰せられますか。
労災保険の申請自体が、会社への処罰につながるものではありません。労災保険は、労働災害が起きたときに労働者を補償するための制度です。処罰の対象となり得るのは、報告義務違反や、労働安全衛生法違反があった場合です。
Q. 会社の人間関係が悪くなるのが心配です。
不安は当然のことです。相談の段階と、実際に会社へ請求・交渉する段階は分けて考えられます。まず労働基準監督署や弁護士に状況を説明し、どのような進め方が可能かを確認してから判断することもできます。ただし、労災保険の請求をすれば、調査で会社に事実確認が行われるのが一般的です。「会社に一切知られない」と保証することはできません。
Q. すでに数か月経ってしまいました。
請求できる場合があります。労災保険の給付は、給付の種類ごとに請求期限が定められています。療養費用や休業(補償)等給付は2年、障害(補償)等給付や遺族(補償)等給付は5年で、それぞれ起算点が異なります(労働者災害補償保険法42条1項)。時間が経っていても、まず確認してください。
まとめ
- 会社の「労災にしないで」という要請に応じる義務はありません。
- 労働者死傷病報告を提出しない・虚偽の報告をすることは、50万円以下の罰金の対象となり得ます(労働安全衛生法120条5号)。
- 仕事や通勤が原因のけが・病気に健康保険は使えません。使ってしまった場合も切り替えられることがあります。
- いつ・誰に・何を言われたかを、日付とともに記録してください。
- 最初にできることは、労災として受診し、その日のやり取りをメモに残すことです。
会社が協力しない場合の手続については労災保険給付申請のページ、会社の安全管理に問題があると感じる場合は安全配慮義務違反のページをご覧ください。
