退職後でも労災保険の請求はできます。法律上、保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはないと定められているためです(労働者災害補償保険法12条の5第1項)。元の会社の同意も、退職時に会社と何かを取り決めていたかどうかも、請求の条件ではありません。ただし、給付の種類ごとに請求期限があります。まず、けがや発症の時期と、期限を確認してください。
この記事で分かること
- 退職後でも労災を請求できる法律上の根拠
- 元の会社が証明を断った場合、会社がすでにない場合の対応
- 退職後に病気が判明した場合の考え方
- 給付ごとの請求期限と、退職後も受け取れる給付
退職しても権利は失われない
労災保険の給付を受ける権利は、退職によって影響を受けません(労働者災害補償保険法12条の5第1項)。在職中に請求していなかった場合でも、時効の期間内であれば請求できます。
次のような場合も、請求の妨げにはなりません。
- 自己都合で退職した
- 退職時に「会社に対して何らの請求もしない」といった書面に署名した(労災保険は国の制度であり、会社との合意で処分できるものではありません)
- すでに次の会社で働いている
- 会社が「もう社員ではないから」と対応を断っている
ただし、会社との間の損害賠償については、退職時に署名した書面の内容によって影響が生じることがあります。労災保険の請求とは別に確認が必要です。
退職後に請求できる主な給付
| 給付 | 退職後の扱い |
|---|---|
| 療養(補償)等給付 | 治療が続いていれば引き続き受けられます |
| 休業(補償)等給付 | 働けず賃金を受けていない状態が続いていれば受けられます |
| 障害(補償)等給付 | 症状固定後に障害が残っていれば請求できます |
| 遺族(補償)等給付 | ご遺族が請求できます |
休業(補償)等給付は、退職したことを理由に打ち切られるものではありません。要件を満たす限り、退職後も受給できます。
元の会社が証明を断った場合
結論として、事業主証明欄が空欄のままでも、請求書は提出できます。
事業主は、保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明しなければならないとされています(労働者災害補償保険法施行規則23条2項)。この義務は、その労働者が退職した後も及ぶと解されています。
それでも断られた場合は、次のように進めます。
- 依頼した経緯を記録します(いつ、誰に、どう依頼し、どう断られたか)。
- 事業主証明欄を空欄のまま、経緯を記載した書面を添えて労働基準監督署へ提出します。
- 労働基準監督署の調査に協力します。会社へ事実確認が行われることがあります。
会社がすでにない場合
会社が廃業・倒産していても、請求はできます。労災保険は国の制度で、給付は国から支給されるためです。会社が保険関係の成立届を出していなかった場合や、保険料を滞納していた場合でも、被災した労働者は給付を受けられる扱いです。
この場合、次のような資料が役に立ちます。
- 雇用契約書、労働条件通知書、給与明細、源泉徴収票
- 雇用保険の被保険者証、離職票
- タイムカードの写し、シフト表、業務日報
- 当時の同僚の連絡先
資料が手元にない場合でも、労働基準監督署に相談してください。行政の記録から確認できることもあります。
退職後に病気が判明した場合
退職してから症状が出た、または診断された場合でも、その病気が在職中の業務によるものと認められれば、労災保険の対象になり得ます。
じん肺、石綿による疾患、化学物質による疾病などは、発症までに長い期間を要することがあります。また、精神障害についても、退職後に受診して診断されることがあります。
この場合、次の点が確認されます。
- 在職中に、その病気の原因となる業務に従事していたか(作業内容、期間、曝露の程度)
- 発症の時期と、業務との時間的な関係
- 業務以外の要因の有無
業務以外の要因があるというだけで、労災にあたらないと決まるものではありません。業務による負荷がどの程度あったかを含めて判断されます。
時効の起算点も、事故日と機械的に決まるわけではありません。年月が経っているからと、はじめからあきらめる必要はありません。
請求期限(時効)
給付の種類ごとに、期間と起算点が異なります(労働者災害補償保険法42条1項)。
| 給付 | 期間と起算点 |
|---|---|
| 療養費用(立て替えた分) | 2年。費用を支払った日ごと |
| 休業(補償)等給付 | 2年。休業した日ごと |
| 葬祭料・葬祭給付 | 2年。死亡の日の翌日から |
| 障害(補償)等給付 | 5年。治ゆ(症状固定)した日の翌日から |
| 遺族(補償)等給付 | 5年。死亡の日の翌日から |
労災指定医療機関で治療を受ける「療養の給付」は、費用ではなく治療そのものを受ける形(現物給付)のため、時効の問題は生じません。
会社への損害賠償請求の時効は、これとは別に定められています。労災保険の請求期限が過ぎていても、会社への請求を検討できる場合があります。
よくある質問
Q. 退職金や失業保険を受け取っていますが、影響しますか。
退職金は労災保険の給付と直接の関係はありません。一方、雇用保険の基本手当(失業給付)は「働ける状態にあること」が前提のため、療養のため働けない期間について休業(補償)等給付を受けることとの関係が問題になります。両方に該当し得る場合は、ハローワークと労働基準監督署の双方に状況を伝えてください。
Q. 転職先に知られますか。
労災保険の請求は、被災した当時の事業場を管轄する労働基準監督署へ行います。転職先の会社を経由する手続ではありません。ただし、療養や休業の状況によっては、現在の勤務先とのやり取りが生じることがあります。
Q. 退職後に、会社へ損害賠償を請求することもできますか。
できます。労災保険の請求とは別の手続で、会社に安全配慮義務違反などが認められる場合に検討します。退職していることは、請求の妨げになりません。時効は請求の根拠によって期間と起算点が異なるため、確認が必要です。
まとめ
- 労災保険の給付を受ける権利は、退職によって変更されません(労働者災害補償保険法12条の5第1項)。
- 元の会社の証明がなくても、請求書は提出できます。
- 会社が廃業・倒産していても請求できます。
- 退職後に判明した病気も、在職中の業務によるものと認められれば対象になり得ます。
- 最初にできることは、給与明細や雇用契約書など、当時の勤務が分かる資料を探し、労働基準監督署に相談することです。
申請手続については労災保険給付申請のページ、会社への請求については会社への損害賠償請求のページをご覧ください。
