会社は、労働者が安全に働けるよう必要な配慮をする義務を負っています(労働契約法5条)。この義務に違反したといえる場合、労災保険とは別に、会社へ損害賠償を請求できる可能性があります。ただし、事故が起きたことや労災認定を受けたことだけで、義務違反が認められるわけではありません。会社が危険を予測でき、防ぐ手段をとれたのに、とらなかったといえるかどうかが判断の中心になります。
この記事で分かること
- 安全配慮義務とは何か、労災認定とどう違うのか
- 義務違反が認められるために検討される4つの要素
- 現場ごとに確認する具体的な事実と、集めたい証拠
- 請求の進め方と時効
安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、会社が労働契約に伴って負う、労働者の生命・身体等の安全を確保するために必要な配慮をする義務です。労働契約法5条に定められています。もともと最高裁判所の判例で認められてきた考え方が、同法によって明文化されたものです。
この義務は、労働契約に付随して当然に発生します。就業規則や契約書に書かれていなくても、会社は義務を負います。
労災認定とは別の判断です。労災認定は、けがや病気が業務によるものかを国が判断したものです。会社の落ち度を判断したものではありません。労災が認定されても会社の責任が確定するわけではなく、逆に、会社に落ち度がなくても労災保険の給付は受けられます。
義務違反が認められるために検討される要素
請求する側が、次の4つを主張し、資料で裏づけていく必要があります。
- どのような配慮をすべきだったか(義務の内容)…「安全に配慮すべきだった」という抽象的な指摘では足りません。「この機械には安全カバーを設置すべきだった」「この高さでは墜落防止措置をとるべきだった」というように、具体的に特定します。
- 会社が危険を予測できたか(予見可能性)…同種の事故やヒヤリハットが起きていた、労働基準監督署から指導を受けていた、労働者から改善を求める声が出ていた、といった事情が重要になります。
- 防ぐ手段をとれたか(結果回避可能性)…設備、人員、作業手順の変更などによって、現実に防げたかを検討します。
- 義務違反と損害とのつながり(因果関係)…その措置をとっていれば事故や発症を避けられた、または被害が軽くなったといえるかを検討します。
会社側からは、被災した方自身の不注意が主張されることがあります(過失相殺/民法418条・722条2項)。ただし、危険な作業を指示していた、安全教育をしていなかった、無理な工期や人員配置だったといった事情は、会社側の責任として評価される可能性があります。ご自身にも落ち度があると感じていても、それだけで請求をあきらめる必要はありません。
災害の種類ごとに確認する事実
どの事実が重要かは、災害の内容によって変わります。
機械・墜落・転落などの事故
- 安全装置・安全カバー・囲いの有無と、故障や取り外しの経緯
- 足場、手すり、安全帯(墜落制止用器具)の設置状況と使用の指示
- 作業手順書の有無と、実際の作業が手順どおりだったか
- 安全教育・特別教育の実施記録、資格の有無
- 作業を1人で行わせていたか、監視者を置いていたか
過重労働・精神障害
- 実際の労働時間と、会社が把握していた時間との差
- 業務量、人員の欠員、納期や目標の設定
- 健康診断の結果への対応、医師の面接指導の実施
- ハラスメントの申告に対する会社の対応
- 会社が本人の不調を認識できる状況にあったか
下請の労働者が元請の現場で被災した場合、元請会社に対して安全配慮義務違反を問える場合があります。誰の指揮のもとで、誰が現場を管理していたかが問題になります。
集めたい証拠
何を裏づける資料かを意識して集めると、効率よく準備できます。
- 労働基準監督署の調査資料…災害調査復命書、是正勧告書など。会社の安全管理の問題が記録されていることがあります。保有個人情報の開示請求などの手続により入手できる場合があります。
- 現場の状況を示すもの…事故直後の写真、機械や設備の写真、作業場所の見取り図。設備は事故後に改修されることがあるため、早めの記録が有効です。
- 会社の管理体制を示すもの…作業手順書、安全衛生委員会の議事録、危険予知活動の記録、教育の実施記録、点検記録。
- 働き方を示すもの…タイムカード、入退館記録、パソコンのログ、勤怠アプリの記録、シフト表。
- やり取りの記録…改善を求めたメールやチャット、上司の指示、同僚の話。
会社にしかない資料も多くあります。手元にそろわなくても、証拠保全や裁判手続の中で開示を求められる場合があります。療養中のご本人がすべてを集める前提で考える必要はありません。
なお、会社のシステムへ無断でアクセスしたり、業務に関係のない機密情報を持ち出したりすることは避けてください。
進め方
- 労災保険の給付を請求する…治療費と休業中の補償を先に確保します。賠償請求とは別の手続で、同時に進められます。
- 事故の状況と現場の記録を残す…写真、メモ、日付入りの記録を保存します。
- 会社の安全管理を検証する…上記の資料を整理し、義務違反といえるかを検討します。この段階から弁護士に相談できます。
- 損害を算定する…慰謝料、逸失利益、休業損害の不足分などを整理し、支給済みの保険給付との調整を確認します。
- 交渉し、合意できなければ手続を検討する…労働審判、民事調停、民事訴訟などを検討します。
請求の時効
| 請求の根拠 | 期間と起算点 |
|---|---|
| 安全配慮義務違反=債務不履行(生命・身体の侵害) | 権利を行使できることを知った時から5年(民法166条1項1号) |
| 同上(長期) | 権利を行使することができる時から20年(民法167条) |
| 不法行為(生命・身体の侵害) | 損害および加害者を知った時から5年(民法724条1号、724条の2) |
| 同上(長期) | 不法行為の時から20年(民法724条2号) |
2020年3月31日以前に発生した事故には、改正前の民法が適用される場合があります。適用関係は経過措置により決まるため、個別の確認が必要です。
法律上の期限とは別に、早めに動く理由があります。設備は入れ替えられ、記録には保存期間があり、当時を知る人の記憶も薄れていきます。現場の状況が変わる前の記録が、後で決め手になることがあります。
よくある質問
Q. 会社が労働安全衛生法に違反していれば、責任が認められますか。
違反があれば有力な資料になりますが、それだけで民事上の賠償責任が確定するわけではありません。労働安全衛生法は事業者に対する行政上の規制で、損害賠償の要件を直接定めたものではないためです。もっとも、違反の内容は義務違反の判断に大きく影響します。
Q. 在職中に会社の安全管理を問題にすると、不利益を受けませんか。
労働基準監督署へ申告したことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いは禁止されています(労働基準法104条2項)。ただし、実際に会社へ請求すれば会社に知られることになります。まず相談だけを行い、請求するかどうかを含めて検討する進め方もあります。
Q. 就業規則に「安全は自己責任」と書かれています。
安全配慮義務は法律上の義務であり、就業規則の記載によって免れるものではありません。誓約書に署名していた場合も同様に検討できます。
まとめ
- 安全配慮義務は、労働契約に伴って会社が当然に負う義務です(労働契約法5条)。
- 義務違反は、義務の内容、予見可能性、結果回避可能性、因果関係の4点から検討されます。
- 労災認定と会社の責任は別の判断です。
- 現場の写真、作業手順、教育記録、労働時間の記録が重要になります。
- 最初にできることは、事故直後の写真や記録を保存し、現場が変わる前に状況をメモしておくことです。ご家族に手伝ってもらうこともできます。
詳しくは安全配慮義務違反のページ、請求できる損害については会社への損害賠償請求のページをご覧ください。
