労災保険から慰謝料は支給されません。労災保険の給付は、治療費や休業中の収入の一部などを補うもので、精神的な苦痛に対する慰謝料は対象外です。慰謝料を求める場合は、会社や事故の相手方に対する損害賠償請求という別の手続を検討することになります。ただし、事故が起きたという事実だけで請求が認められるわけではなく、相手方に責任があるといえるかが判断の中心になります。
この記事で分かること
- 労災保険から慰謝料が出ない理由と、慰謝料を請求する相手
- 会社に慰謝料を請求できる場合の条件
- 入通院・後遺障害・死亡の慰謝料の違いと、誰が請求できるか
- 受け取った労災保険の給付が慰謝料に影響するか、請求の期限
慰謝料とは
慰謝料とは、けがや病気、死亡によって受けた精神的な苦痛に対する賠償です。治療費のように領収書で金額が決まるものではなく、被害の程度に応じて評価されます。
労災保険は、業務や通勤が原因のけが・病気について、療養、休業、障害、遺族などの給付を国が行う制度です。給付の種類は法律で決まっており、その中に慰謝料はありません。労災保険と慰謝料は、そもそも制度が別です。
| 受けられるもの | 労災保険 | 損害賠償請求 |
|---|---|---|
| 治療費 | 対象 | 不足分を請求し得る |
| 休業中の収入 | 一部を補う | 不足分を請求し得る |
| 慰謝料 | 対象外 | 対象 |
| 相手の落ち度 | 不要 | 必要 |
誰に慰謝料を請求できるか
請求先は、事故の状況によって変わります。
- 会社…安全配慮義務違反(労働契約法5条)や不法行為(民法709条)、上司・同僚の行為についての使用者責任(民法715条)、設備の欠陥についての工作物責任(民法717条)などを検討します。
- 事故の相手方(第三者)…通勤中や業務中の交通事故で相手方に過失がある場合など。加害者やその保険会社に請求します。
- ハラスメントの行為者…暴行や違法なハラスメントを行った本人に対して、不法行為として請求できる場合があります。
いずれの場合も、労災認定を受けたことだけで、相手方の賠償責任が確定するわけではありません。労災認定は業務との関係を国が判断したもので、会社や相手方の落ち度を判断したものではないためです。反対に、会社に落ち度がなくても労災保険の給付は受けられます。
会社の責任を検討するときは、会社が危険を予測できたか、防ぐ手段をとれたか、その義務違反と損害とのつながりがあるかが問題になります。
慰謝料の種類
慰謝料は、被害の段階に応じて3つに分けて考えます。重なって認められることもあります。
- 入通院慰謝料(傷害慰謝料)…けがの治療のために入院・通院したことによる精神的苦痛に対するものです。入院や通院の期間が主な要素になります。
- 後遺障害慰謝料…治療を続けても症状が残った場合に、その障害が残ったこと自体に対するものです。障害の程度によって大きく変わります。
- 死亡慰謝料…亡くなった方本人の精神的苦痛に対するものを相続人が承継するほか、父母・配偶者・子には、遺族固有の慰謝料が認められています(民法711条)。
金額は法律で決まっているわけではありません。裁判では、交通事故の損害賠償で用いられる算定基準が参考にされることがありますが、被害の内容、生活への影響、事故に至る経緯などによって結論は変わります。具体的な見込みは事案ごとの検討が必要です。
被災した方自身の不注意が事故に影響した場合、その割合に応じて減額されることがあります(過失相殺/民法418条・722条2項)。
労災保険を受け取ると慰謝料は減るのか
結論として、慰謝料が労災保険の給付によって減ることは、原則としてありません。調整は、同じ性質の損害どうしで行われるためです。慰謝料に対応する労災保険の給付は存在しません。
整理すると次のとおりです。
- 保険給付(療養、休業、障害、遺族などの給付)…同一の事由による損害、たとえば治療費や休業損害、逸失利益との間で調整されます。年金給付と事業主の損害賠償との調整については、労働者災害補償保険法64条に定めがあります。
- 特別支給金(休業特別支給金、障害特別支給金など)…損害をてん補する性質を持たないため、損害額から控除できないとされています(最高裁判所第二小法廷 平成8年2月23日判決/コック食品事件)。保険給付とは扱いが異なります。
- 慰謝料…対応する給付がないため、調整の対象になりません。
なお、交通事故で相手方の自賠責保険や任意保険から支払いを受けた場合は、労災保険との間で別の調整が問題になります。二重に受け取ることはできないため、どちらを先に使うかを含めて確認が必要です。
必要な資料
慰謝料の請求では、被害の内容と、相手方の責任の両方を裏づける資料が必要です。
- 治療の経過を示すもの…診断書、診療録、通院の記録、入院期間が分かる書類。入通院慰謝料の判断材料になります。
- 後遺障害の内容を示すもの…後遺障害診断書、画像や検査の結果、障害(補償)等給付の支給決定通知。
- 事故の状況を示すもの…現場や設備の写真、作業手順書、指示の記録、交通事故であれば交通事故証明書。
- 働き方を示すもの…タイムカード、シフト、入退館記録。過重労働やハラスメントが問題になる場合に重要です。
すべてをご本人が集める必要はありません。療養中の方は、ご家族に整理を手伝ってもらうことや、資料の取り寄せを弁護士に依頼することもできます。
請求の進め方
- 労災保険の給付を請求する…慰謝料の請求とは別の手続です。治療費や休業中の補償を先に確保します。
- 症状の見通しを確認する…後遺障害が残る可能性がある場合、障害の内容が固まるまで慰謝料の全体像は決まりません。
- 請求先と根拠を整理する…会社か、事故の相手方か、あるいは両方かを検討します。
- 相手方と交渉する…金額や責任の有無について話し合います。合意すれば示談となります。
- 合意できない場合の手続を検討する…労働審判、民事調停、民事訴訟などを検討します。
示談書に署名すると、記載された内容で清算したものとして扱われるのが一般的です。署名の前に、後遺障害が残る可能性が残っていないか、記載された範囲が適切かを確認してください。
請求の期限
慰謝料は損害賠償請求の一部であり、労災保険の請求期限とは別の時効が適用されます。
| 請求の根拠 | 期間と起算点 |
|---|---|
| 不法行為(生命・身体の侵害) | 損害および加害者を知った時から5年(民法724条1号、724条の2) |
| 不法行為(長期) | 不法行為の時から20年(民法724条2号) |
| 安全配慮義務違反=債務不履行(生命・身体の侵害) | 権利を行使できることを知った時から5年(民法166条1項1号) |
| 同上(長期) | 権利を行使することができる時から20年(民法167条) |
「知った時」とは、損害が生じたことと、誰に請求できるのかの両方を知った時です。2020年3月31日以前に発生した事故には、改正前の民法が適用される場合があります。適用関係は経過措置により決まるため、個別に確認が必要です。
よくある質問
Q. 労災の慰謝料はいくらくらいですか。
金額は法律で決まっておらず、けがの内容、入通院の期間、後遺障害の程度、事故に至る経緯などによって大きく変わります。裁判で参考にされる算定基準はありますが、それを当てはめれば自動的に決まるものではありません。おおよその見込みを知りたい場合は、診断書と事故の状況を持参して相談してください。
Q. 労災の慰謝料に税金はかかりますか。
心身に加えられた損害に対する損害賠償金は、非課税とされる取扱いがあります。ただし個別の判断が必要になるため、具体的な申告については税務署または税理士にご確認ください。
Q. 会社と示談すると、労災保険の給付は受けられなくなりますか。
示談の内容によって影響が生じる場合があります。特に、交通事故で相手方と示談する場合や、会社との示談に将来の給付分まで清算する趣旨が含まれる場合は注意が必要です。署名の前に、労働基準監督署または弁護士に内容を確認してもらうことをおすすめします。
まとめ
- 労災保険から慰謝料は支給されません。慰謝料は会社や事故の相手方への損害賠償請求で扱います。
- 請求には、相手方に責任があるといえることが必要です。労災認定だけでは確定しません。
- 慰謝料は、入通院・後遺障害・死亡の3つに分けて考えます。死亡の場合、遺族固有の慰謝料もあります。
- 受け取った保険給付によって慰謝料が減ることは、原則としてありません。
- まずできることは、診断書と通院の記録を残し、示談書への署名を急がないことです。
労災保険との違いの詳細は会社への損害賠償請求のページ、後遺障害が残る場合は後遺障害・障害補償給付のページもご覧ください。
