労災の示談書で確認すべき点|清算条項と後遺障害の注意

示談書に署名すると、書かれた内容で解決したものとして扱われるのが原則です。後から「やはり足りなかった」と申し出ても、応じてもらえないことがほとんどです。特に注意したいのが、後遺障害が確定していない段階での示談と、清算条項です。急いで署名する必要はありません。金額と条項の意味を確認してから判断してください。

目次

この記事で分かること

  • 示談書に署名するとどうなるのか
  • 署名前に確認すべき5つの点
  • 示談が労災保険の給付に影響する場合
  • 署名してしまった後に検討できること

示談とは

示談とは、争いのある当事者が話し合いで解決内容を取り決める合意です。民法上の和解契約にあたるのが通常で、いったん成立すると、原則として一方的に取り消すことはできません。

労災の場面では、示談の相手が2種類あります。混同しやすいため、まず確認してください。

相手 示談の内容
会社 安全配慮義務違反などを理由とする損害賠償についての合意
事故の相手方(第三者) 交通事故など、会社以外の加害者に対する損害賠償についての合意

いずれも、国が行う労災保険の給付とは別の話です。労災保険の給付について、会社と示談で取り決めることはできません。

署名前に確認する5つの点

1. 後遺障害が確定しているか

治療中や、症状固定の前に示談すると、その後に後遺障害が残っても追加の請求ができなくなるおそれがあります。後遺障害慰謝料や逸失利益は、障害の内容が固まってはじめて算定できます。治療が続いている段階での示談は、慎重に検討してください。

やむを得ず先に示談する場合は、「後遺障害が生じたときは別途協議する」といった留保の条項を入れられるか検討します。

2. 清算条項の範囲

清算条項とは、「本件に関し、当事者間に本合意書に定めるもののほか何らの債権債務がないことを相互に確認する」といった条項です。この条項があると、後から別の請求をすることは原則としてできなくなります。

確認したいのは、「本件」がどこまでを指すかです。今回のけがだけなのか、将来の再発や後遺障害も含むのか、文言から読み取れるかを確認してください。

3. 金額の内訳

提示された金額が、どの損害に対するものかを確認します。治療費、休業損害、慰謝料、逸失利益といった内訳が示されているかを見てください。総額だけが書かれている場合、何が含まれ、何が抜けているのかが分かりません。

また、すでに支給された労災保険の給付が、どのように扱われているかも確認します。休業特別支給金や障害特別支給金は、損害をてん補する性質を持たないため損害額から控除できないとされています(最高裁判所第二小法廷 平成8年2月23日判決/コック食品事件)。保険給付と特別支給金がまとめて差し引かれていないか、確認してください。

4. 労災保険の給付への影響

示談の内容によっては、その後の労災保険の給付に影響が生じます。特に、交通事故など会社以外の第三者が加害者である場合(第三者行為災害)は注意が必要です。被災した方が第三者との間で全部の損害賠償請求権を放棄する内容の示談をすると、その後の保険給付が行われない取扱いがあります。

第三者との示談を検討している場合は、署名の前に労働基準監督署へ相談してください。会社との示談の場合も、将来の年金給付分まで清算する趣旨が含まれていないかを確認する必要があります。

5. 支払時期と方法

いつ、どのように支払われるのかを確認します。分割払いの場合は、支払が滞ったときの取り決め(期限の利益喪失条項など)があるかも確認してください。

署名を求められたときの対応

  1. その場で署名しない…「持ち帰って確認します」と伝えて構いません。期限を切られても、応じる義務はありません。
  2. 書面を保管する…示談書の案と、提示の経緯が分かるメールなどを保存します。
  3. 内訳の説明を求める…金額の根拠を書面で示してもらうよう依頼します。
  4. 治療と後遺障害の見通しを主治医に確認する…症状固定の時期の見込みを聞いておきます。
  5. 第三者行為災害なら労働基準監督署に相談する…給付への影響を確認します。
  6. 必要に応じて弁護士に内容を確認してもらう…署名前であれば、修正を求める余地があります。

ご本人が療養中で対応が難しい場合、ご家族が書面を預かって整理することはできます。ただし、示談の当事者はご本人です。ご家族が代わりに署名する場合には、代理権の有無が問題になります。

署名してしまった後は

原則として、成立した示談を後から覆すことは困難です。ただし、次のような事情がある場合、争える余地が残ることがあります。

  • 示談の当時に予想できなかった後遺障害が、後になって判明した場合
  • 会社が重要な事実を隠していたなど、合意の前提に誤りがあった場合
  • 示談の対象が限定されており、清算条項の範囲外の請求である場合

いずれも個別の判断が必要です。示談書と、そのときのやり取りの記録を持って相談してください。署名してしまったことを責める必要はありません。まずは書面の内容を確認することから始められます。

請求の期限

示談交渉をしている間も、時効は進みます。会社や第三者への損害賠償請求権は、生命・身体の侵害の場合、損害および加害者を知った時から5年(民法724条1号、724条の2)、不法行為の時から20年(同724条2号)です。安全配慮義務違反による請求は、権利を行使できることを知った時から5年(民法166条1項1号)、権利を行使することができる時から20年(同167条)とされています。

労災保険の給付を受ける権利の時効は、これとは別です。療養費用や休業(補償)等給付は2年、障害(補償)等給付や遺族(補償)等給付は5年で、それぞれ起算点が異なります(労働者災害補償保険法42条1項)。

よくある質問

Q. 会社から「示談しないと労災の手続に協力しない」と言われました。

労災保険の請求は、会社の同意や協力を条件とするものではありません。事業主証明欄が空欄でも請求書は提出できます。示談に応じるかどうかとは切り離して考えて構いません。

Q. 提示された金額が妥当かどうか、どう判断すればよいですか。

損害の内訳ごとに検討する必要があります。特に、後遺障害慰謝料と逸失利益は障害の程度で大きく変わり、休業損害は労災保険の給付だけでは全額を補えません。総額の印象ではなく、内訳と算定の前提を確認してください。

Q. 示談ではなく裁判にすると、時間はどのくらいかかりますか。

事案の内容や争点の数によって大きく異なります。示談のほうが早く解決する一方、内容を後から変更できないという違いがあります。どちらを選ぶかは、金額だけでなく、治療の見通しや生活の状況を踏まえて検討することになります。

まとめ

  • 示談は原則として後から覆せません。その場で署名する必要はありません。
  • 後遺障害が確定していない段階での示談は、特に慎重に検討してください。
  • 清算条項の範囲と、金額の内訳を確認してください。
  • 第三者行為災害では、示談が労災保険の給付に影響することがあります。署名前に労働基準監督署へ相談してください。
  • 最初にできることは、示談書の案を持ち帰り、内訳の説明を書面で求めることです。

会社への請求については会社への損害賠償請求のページ、後遺障害の見通しについては後遺障害・障害補償給付のページをご覧ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次