労災保険の給付とは別に、会社へ損害賠償を請求できる場合があります。ただし、事故や発症があったという事実だけで会社の責任が決まるわけではありません。会社に安全配慮義務違反などがあったといえるかどうかが判断の中心になります。請求権には時効があるため、検討する場合は早めに事故の状況と手元の資料を確認してください。
この記事で分かること
- 労災保険の給付と、会社への損害賠償請求がどう違うのか
- 会社に賠償責任が認められるために検討される条件
- 慰謝料や逸失利益など、会社に請求できる損害の種類と、保険給付との調整
- 請求の進め方と、時効の期間・起算点
会社への損害賠償請求とは
会社への損害賠償請求とは、会社の安全配慮義務違反などの責任を根拠に、実際に生じた損害の賠償を求める民事上の手続です。国の制度である労災保険の給付とは、根拠となる法律も手続も別のものです。
労災保険は、業務や通勤が原因のけが・病気について、法律で決められた給付を国が行う制度です。会社に落ち度がなくても給付を受けられる一方、給付の種類と金額は法令で決まっています。
労災保険からは慰謝料は支給されません。慰謝料は、会社や第三者への損害賠償請求で扱う損害です。
| 項目 | 労災保険の給付 | 会社への損害賠償請求 |
|---|---|---|
| 相手 | 国(労働基準監督署) | 会社(第三者の場合もある) |
| 会社の落ち度 | 不要 | 必要 |
| 慰謝料 | 対象外 | 対象 |
| 休業中の収入 | 給付基礎日額の60%(別に特別支給金20%) | 不足分を請求し得る |
会社に賠償責任が認められるのはどんな場合か
結論として、事故が起きたという事実だけでは足りません。主に次の根拠を検討します。
- 安全配慮義務違反(債務不履行)…会社は、労働契約に伴い、労働者の生命・身体等の安全を確保するよう必要な配慮をする義務を負います(労働契約法5条)。この義務に違反したといえる場合です。
- 不法行為…会社自身の故意・過失による場合です(民法709条)。
- 使用者責任…上司や同僚など、会社に使用される人の行為について会社が責任を負う場合です(民法715条)。
- 工作物責任…建物や設備の設置・保存に欠陥があった場合です(民法717条)。
いずれの場合も、会社が危険を予測できたか、防ぐ手段をとれたか、その義務違反と損害との間につながりがあるかが問題になります。
注意したい点が2つあります。ひとつは、労災認定を受けたことだけで、会社の賠償責任が確定するわけではないことです。労災認定は、業務との関係を国が判断したもので、会社の落ち度を判断したものではありません。もうひとつは、その反対に、会社に過失がない場合でも労災保険の給付は受けられることです。
被災した方自身の不注意が事故に影響した場合、その割合に応じて賠償額が減ることがあります(過失相殺/民法418条・722条2項)。ただし、危険な作業を指示していた、安全教育や設備が不十分だったといった事情は、会社側の責任として評価される可能性があります。ご自身の落ち度を理由に、はじめから請求をあきらめる必要はありません。
会社に請求できる損害
労災保険で補われない部分が、請求の中心になります。
- 慰謝料…入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料。労災保険に対応する給付はありません。
- 逸失利益…後遺障害が残った場合や死亡した場合に、将来得られなくなった収入です。
- 休業損害の不足分…休業(補償)等給付は給付基礎日額の60%で、休業特別支給金20%を合わせても、休業前の収入全額にはなりません。
- その他…付添費用、将来の介護費用、装具費用、自宅や車の改造費など、事案に応じて検討します。
労災保険の給付との調整
同じ損害を二重に受け取ることはできないため、調整が行われます。ただし、まとめて差し引かれるわけではなく、費目ごとに判断されます。
- すでに支給された保険給付は、同一の事由による損害(治療費、休業損害、逸失利益など)の範囲で調整されます。年金給付と事業主の損害賠償との調整については、労災保険法64条に定めがあります。
- 特別支給金(休業特別支給金・障害特別支給金など)は、損害をてん補する性質を持たないため、損害額から控除できないとされています(最高裁判所第二小法廷 平成8年2月23日判決/コック食品事件。労災保険の特別支給金の控除の可否が争われた事案)。
- 慰謝料は、対応する保険給付がないため、給付による調整の対象になりません。
必要な証拠・書類
会社の落ち度と、損害の大きさの両方を裏づける資料が必要です。何を証明するための資料かを意識して集めると、負担を減らせます。
- 事故の状況を示すもの…事故現場や機械の写真、作業手順書、指示のメールやチャット、同僚の話。会社の安全管理に問題がなかったかを確認するために使います。
- けが・病気の内容を示すもの…診断書、診療録(カルテ)、画像検査の結果、後遺障害の等級認定に関する書類。
- 働き方を示すもの…タイムカード、勤務シフト、入退館記録。長時間労働や過重な業務が問題になる場合に重要です。
- 収入を示すもの…給与明細、源泉徴収票、賃金台帳。休業損害や逸失利益の計算に使います。
会社にしかない資料もあります。手元にそろわなくても、後から証拠保全や裁判手続の中で開示を求められる場合があります。療養中のご本人がすべてを集める前提で考える必要はありません。ご家族が写真の整理や記録の保管を手伝うこともできます。
なお、会社のシステムへ無断でアクセスしたり、業務に関係のない機密情報を持ち出したりすることは避けてください。かえって不利になることがあります。
請求を進める手順
- まず労災保険の給付を請求する…療養・休業などの給付を、労働基準監督署へ請求します。会社への賠償請求とは別の手続で、同時に進められます。
- 症状固定・後遺障害の見通しを確認する…後遺障害が残る可能性がある場合、障害の内容が固まってはじめて損害の全体像が見えます。
- 事故の状況と資料を整理する…会社の安全管理に問題がなかったかを確認します。この段階で弁護士に相談することもできます。
- 請求する損害を算定する…慰謝料、逸失利益、休業損害の不足分などを整理し、支給済みの保険給付との調整を確認します。
- 会社と交渉する…金額や責任の有無について話し合います。合意できれば示談となります。
- 合意できない場合の手続を検討する…労働審判、民事調停、民事訴訟などを検討します。
期限・時効
会社への損害賠償請求には、労災保険の請求期限とは別の時効があります。どの構成で請求するかによって期間と起算点が変わります。
| 請求の根拠 | 期間と起算点 |
|---|---|
| 不法行為(生命・身体の侵害) | 損害および加害者を知った時から5年(民法724条1号、724条の2) |
| 不法行為(長期) | 不法行為の時から20年(民法724条2号) |
| 安全配慮義務違反=債務不履行(生命・身体の侵害) | 権利を行使できることを知った時から5年(民法166条1項1号) |
| 同上(長期) | 権利を行使することができる時から20年(民法167条) |
「知った時」とは、損害が生じたことと、誰に請求できるのかの両方を知った時を指します。事故の日と一致するとは限りません。
2020年3月31日以前に発生した事故については、注意が必要です。民法の改正法は2020年4月1日に施行されており、施行前に生じた請求権には改正前の規定が適用される場合があります。適用関係は経過措置により決まるため、個別の確認が必要です。
また、じん肺や化学物質による疾病、精神障害のように、時間が経ってから病気や損害が明らかになる場合もあります。この場合、起算点を事故の日と決めつけることはできません。年月が経っていても、あきらめる前に確認してください。
法律上の期限とは別に、早めに動いたほうがよい実務上の理由もあります。事故現場の状況は変わり、機械は入れ替えられ、記録の保存期間は過ぎ、当事者の記憶も薄れていきます。
よくある質問
Q. 在職中でも会社に請求できますか。
できます。在職中の請求も可能です。ただし、実際に会社へ請求すれば、会社に知られることになります。まずは相談だけを行い、請求するかどうかを含めて検討する、という進め方もあります。相談の段階と、会社へ請求する段階は分けて考えられます。
Q. 労災保険の請求期限が過ぎてしまいました。会社への請求もできませんか。
別に検討できる場合があります。労災保険の給付を受ける権利の時効と、会社への損害賠償請求権の時効は、根拠となる法律が異なり、期間も起算点も別です。片方が過ぎていても、もう片方が残っていることがあります。
Q. 会社が「労災保険が出ているのだから、それで終わり」と言っています。
労災保険の給付だけでは、慰謝料や休業損害の不足分は補われません。会社に責任が認められる場合、それらを別に請求できる可能性があります。会社の説明だけで結論を出す必要はありません。
まとめ
- 労災保険の給付と、会社への損害賠償請求は別の手続です。両方を検討できます。
- 会社の責任は、安全配慮義務違反などがあったといえるかで判断されます。労災認定だけでは確定しません。
- 慰謝料は労災保険から支給されず、会社等への請求で扱う損害です。
- 時効は請求の根拠ごとに期間と起算点が異なります。事故から年月が経っていても、まず確認してください。
- 最初にできることは、治療を続けながら、診断書・給与明細・事故時の記録を1か所にまとめておくことです。ご家族が手伝うこともできます。
会社への損害賠償請求については会社への損害賠償請求のページ、会社の安全管理の問題については安全配慮義務違反のページもあわせてご覧ください。